風と幻灯

家族のこと、猫のこと、日々の暮らし。
MENU

無題

何かに熱中したり、何かを懸命に伝えようとすればするほど、孤独感に苛まれる。

たったひとりの戦いなのではないかと、思いがちになり

ひとと自分との間に、おおきな隔たりを感じる。

そんなときに得られる、ちいさな賛同は、大きく、自分を救い出してくれる。


それでもなお、虚しさは心に広がり

無力感が襲うことも


けれど、自分を信じるしかないのだと。



わたしは以前、あるサイトで、差別的な感性を目の当たりにして、非常に不快感を募らせた。


最初は、それとなく。で、あったけれど、徐々に大きくなるわたしの不快感は、それとなくでは、もはや済ませることが出来ず、だんだんと声を大きくして、「差別」と戦った。

そんなとき、あるひとは言った。

「嫌なら、見なければいい」と。
「見る自由も、見ない自由もあるのだ」と。

確かに、その通りかもしれない。

わざわざ、自分が不愉快を感じる場所に、自分で出向くことは無いのかもしれない。

けれど、わたしは見てしまった。

そうして、見過ごすことは出来なかった。


だからわたしは、毎日、毎日、自分が思うことを訴え続けた。

そして、毎日、毎日、辛くて、苦しくて、泣いた。


いつも独りだと思った。


ほんの一握りのひとたちが、わたしを優しく支えてくれたけれど、そしてそれは、本当に、涙が出るほど嬉しかったけれど。

それでも多くの傍観者と、したり顔のひとたちを見て、自分は、アウトローなのかと思い、愕然としたし、くじけそうにもなった。


結局、どれほど訴えても、真に理解されることは無かった。


ひとそれぞれと、言ってしまえば、それまでなのだけれども。


譲れないものが、確かに、そこにあって

決して負けられない、戦いがあることも事実で。




今、わたしは、そのときと同じような感覚でいる。

ペットたちのことはもちろん、原発によって被災している子どもたちのこと、それから、現場で作業を続けてくれているひとたちのこと。

大きすぎて、たくさんのことがありすぎて、何を訴えていいのか分からないほどに。


こうして、ブログを書いて、「同じ気持ちだよ」と、言ってくれるひとがいて、わたしは救われるけれど

それでもまだまだ足りなくて

懸命に、声を振り絞るのだけど

冷めた目で、見つめられると

無視されると

失笑をうけると


気持ちは、どんどん暗く沈んでいく。


それでも。




どうかどうかと、願うことも、的外れなことなのでしょうか。


そのために、声を上げることは、おかしなことなのでしょうか。


なんでそんなに、ひとごとでいられるんですか?



リアリティの無い話は、ドラマの中でやってくれ。

高層ビルの上から見下ろすと、ひとの血が花にでも見えるのか。

それとも霞がかかって見えないのか。




小さな幸せを、奪わないで下さい。

ささやかな未来を、壊さないで下さい。


助けてください。


そのために出来ることを、惜しみなく、してください。



どうか、小さき者のために。


わたしは、見ないではいられない。


関連記事
スポンサーサイト

該当の記事は見つかりませんでした。

10 Comments

Tomotan says...""
とても、ジーンとしました。 心にどしっと。
最近ずっとそういう気持ちでした。最近というか震災からですね。
海外でのニュースと全然違うと訴えても、聞いてもらえなかった。 私を含め海外ブロガーで同じことを書いてた人たち、変なコメントが来ていましたね。 『アメリカはオーバーだ』とか『不安を煽らない方がいい』とか『素人が原発のことを言うな』とかですね。
そのうちコメントできなくなったり。

でも私日本の人たち怖くなってきました。 ブロガーさんたちはネットも見て情報も沢山し知ってますけど、こんなレベル7なのに、普通にバラエティーをやって、学校に行って、外で運動なんかして。

妹なんかもそうですね。 目をつぶってしまってます。
いやなことは見なかったことにする人たちが多い気がします。

Momeさん絶対一人じゃないんだから!!そんな風に考えないでね。 またラブリー旦那様とデートをしたりしたらいいかも。
私もそうしようっと。
2011.05.03 16:58 | URL | #- [edit]
norori* says...""
うぅ~ん・・・。
難しい問題なのかもしれないですね。

なんとかしたい、助けたい、そんな思いで
必死に訴え続けてるmomeさんをはじめ、沢山の方達。。。
現実はどうする事も出来ず・・・

でも、署名や嘆願書、賛同、そういった1人1人の
意見を直接ぶるける事が出来てる事も事実。
どこまで通ってどこまで認められるかは分からないけど
国民の意見は伝わってると信じてます。

出来る事は惜しみなくやり、未来ある子供達を守りたい。
私も同じ思いです。
2011.05.03 20:40 | URL | #- [edit]
yokoblueplanet says..."子どもたちへイタリアから"
mome さん、おはようございます(こちら朝の6時前です)。
こんな風にやりきれない想いに襲われた時、私は小出先生の40年間ぶれずに声をあげてきた歴史を思い返す事にしています。
ちょっと長くなりますが、福島の子どもたちへ嬉しい招待状が届いてます(「チェルノブイリへのかけはし」から):**「チェルノブイリへのかけはし」から、イタリアへ保養のお話です。イタリアの大きな団体が福島(県外どこまで含まれるか確認中)の小学生を夏休み1ヶ月保養へ招待と云うお話です。
以下の記事をお読み下さい。また「チェルノブイリへのかけはし」のリンクは、このブログにありますので、そこからご訪問して下さい。**
イタリア保養について 4月30日
イタリアから保養の招待が来ています。
今、どこまでの地域(福島県外)が対象になるか確認中です。まず、福島の小学生、夏に1カ月の保養に出たほうがいいでしょう。
体内汚染値を減らせますし、心のリフレッシュが必要です。
何より、汚染の心配のないものを食べさせたい。汚染のない土地に避難させたい。最低250人が、出発のための必要人数です。それで何度でもと言ってくれています。
イタリアにチャーター機でついて、そこから各地に分かれていってホームステイ先が決まります。
大きなボランティア団体がやっています。お金の使い方が日本社会と根本的に違います。
学校が動くのは考えにくい。PTA単位で、手続きを始めてくれるとありがたいです。理解が得られなければ個人でかまいません。
7月20日前後出発予定。
希望者はパスポートの手続きを早急にはじめてください。
小学生、ホームステイ。旅費・滞在費・現地でのコーディネートすべてイタリアのグループにお任せです。
あれこれ、こちらから何度も心配して電話もかけられません。手紙でコンタクトするぐらいじゃないと子供がホームステイ家族になじめません。イタリアに行っているのに日本の家族のことばかり考えて1カ月が終わってしまう。その覚悟がおありの方は応募してください。
言葉の通じない中での保養ですが、チェルノブイリの子供たちも日本を始め、イタリア・ドイツなどに保養に出ています。
パスポートがなければ飛行機の予約ができません。
ご家族親戚みなさん声をかけてください。国外への緊急避難です。
パスポートの申請をはじめていただいた方のみ、5月中旬から受付を開始します。
追ってホームページでお知らせします。
(250名集まらなければ出発できないことはご了承くださいませ。)
2011.05.03 22:07 | URL | #- [edit]
mome says...">to tomotanさま"
ありがとう。
ありがとう・・。

あまりにもでたらめな事ばかりが起こり続け、途方に暮れていました。
なんでこんなに、毎日、毎日、「どうして?」と思うことが起きるんでしょうね。
tomotanさんも、楽しいブログに戻したいって、仰ってた。
その気持ち、本当に分かります。

わたしも、夫や家族のこと、猫たちのこと、楽しいことが、こんな最中でも、少しずつあるんですよ。
だから、「今日観たDVDの話しをしよう!」と思っても、PCの前に行くと、哀しい、苦しい記事がたくさん並んでいて、どうしても、そこから離れられなくなってしまう。

でももう、見ないではいられないんです。

テレビは、本当にダメですね。
震災の後のように、ずっとニュースを放送していろとは言いませんが、もっと伝えなくてはいけない事柄が、たくさんあるはずなのに、優先順位を間違えている。
いや、間違えているのではなく、確信犯なんでしょう。

福島の状況は、チェルノブイリよりも悪いという人もたくさんいます。
なぜなら、事態は終息しておらず、2ヶ月近く放射能は出続けているからです。

不安を煽るなと言うけれど。
安心を与えたら、放射能は無くなるんでしょうか?
安心したら、被害をこうむらなくていいんでしょうか?
そうじゃないはずなのに、何の根拠も無い安心だけど与えることに、意味はあるのか。
むしろ、そのことによって、被害は大きくなるんじゃないのか・・。

本当に哀しいです。

2011.05.04 11:58 | URL | #- [edit]
mome says...">to norori*さま"
どうして分かってくれないのかなぁって。がっくり来ちゃうんですよね。

たくさんの人が、同じように思って、なんとか子どもたちや現場の作業員、ペットたちも守りたいって思っているのに、それが見えないなんて、聞こえないなんてありえない。
本当に、もどかしくて、哀しくて。

わたし、「菅おろし」には、最初否定的でした。
「そんなことに裂いている時間があるなら、議員たちは、出来ることをやりに動けよ!」って思ってました。
でも、ここへ来て、TOPがダメだと、こうも何も出来ないのか・・と、唖然とし、恐怖を感じました。
出来ないどころか、悪いことばかりが、まかり通っていく・・。

言葉に、もうならないのだけど・・。
それでも、出来ることをし続けるしかないんですよね。

いつも、nororiさんのところで、かわいいかわいいマロンちゃんや、ショーちゃんを見て、気持ちを和ませてもらっています。
ありがとう。
2011.05.04 12:08 | URL | #- [edit]
mome says...">to yokoblueplanetさま"
小出先生は、すごいですよね。
信念がある。
それを継続させることが、どれほど難しいことか・・・。

今回の災害が起こってから、自分の気持ちは、たくさん揺れました。
事故当時、恐いと思いながらもわたしは、原発の安全性を疑わないひとりでした。
難波先生からのメールも、最初、紹介するのに乗り気じゃなかった。
「不安を煽るようなことは、したくない」そう思っていました。

でも、何かがおかしいと感じ始め、安全、危険、両方の意見を読んで、聞いて。
今では、安全説なんて、これっぽっちも信じていません。

それでも。
どこかで、信じたいんですよね・・・・・。

チェルノブイリへのかけはしさんは、わたしも、時々読んでいて、このイタリアの件も読ませていただきました。
素晴らしい、ありがたいお申し出であることは事実ですが、わたしは、この記事を最初に見た時、「250人、集まるだろうか・・?」と思いました。

今、福島にいて、被爆をし続けている子どもたちの親、保護者は、どこまで危機を感じ取っているのか。
それが、見えてこなくて・・・。

みんな一様に、「帰りたい、帰りたい」と仰る。
その気持ちは、痛いほど分かります。
何年も、先祖代々済み続けた土地。大事なものが詰まっている場所。
帰りたいですよね。
でも・・。

避難所で、コミュニティの崩壊が起こっている所もたくさんあるようです。
避難所から出て、たとえば旅館だとか、もっと条件の良い場所に移る住民に対して、避難所に残る住民が「もう、戻ってくるな」と言ったり。
「自分たちを見捨てていく人間だ」と非難したり・・。
お年寄りや、小さい子どもを抱えた世帯は、その非難に耐えるか、諦めるかの選択をしなくてはいけないようです。

そんな中で、250人の子どもたちの、親、保護者が、子どもを避難させることに、どれだけ積極的になるか・・いえ、気持ちの上では、絶対子どもたちを助けたいと思っているはずだから、そうしたいのだろうけれども、周囲に、押しつぶされてしまっていないかと・・それが心配で。

子どもを本当に守れるのは、親しかいないんだから。
どうか、強く意思をもって、子どもを守ってもらいたい。
不安はありますが・・実現することを、願っています・・。

2011.05.04 12:27 | URL | #- [edit]
Tomotan says...""
上の記事を読んで。 Yokoさんからのイタリアの話の。

マウイ島や沖縄も集まらなかったんです。
沖縄は妊婦さんどうぞ来て下さい。という募ったんですが、一人も集まらなかったんです。 何人かが行こうとして『村の皆を捨てていくなんて許さない』といわれたとか。
これよく調べなおして記事にしようと思っていましたけど、今日はなんだか、、うう~~ん。 同じ気持ちです~Momeさん。
もう限界かも私。
2011.05.04 12:43 | URL | #- [edit]
mome says...">to tomotanさま"
やっぱり・・・集まらなかったんですね・・・。

本当はきっと、今すぐ子どもを、妊婦さんを助けたい気持ちで、一杯だったはずです。
でも、それが「村」社会という足かせで、動けなくなってしまったんでしょう。

なんだか「自分だけが助かる」という想いが、間違った方向でのさばっているように思います。

身勝手なことだと、思ってしまっているのでしょう。
そうして、そのように言う人がいるのでしょう。

哀しいですね。

身勝手なことじゃないんですよ。
子どもたちを守ることは、未来を守ることですよ。

今、福島の飯舘村が、計画避難区域に指定されていますが、それが指定される前、自主的に避難しようとした住民に対して、村長は、「自主的に避難する住民に対しては、被災証明書を出せない」と言ってのけたそうです。
そして今、計画避難区域となりましたが、避難計画の見通しが立っていないとか。
それも、村長が、避難場所は、「飯舘村に通える範囲で」探しているからだそうです。
産業を止めてはならぬと。

飯舘村は、現在、放射線の数値がとてもたかく、屋内でも、毎時5マイクロシーベルトを超えるとか。
そんな中に、「近場」にこだわるあまり、避難できない住民が、子どもたちが、取り残されています。
子どもたちは、45名いるそうです。

どいつもこいつも。
バカばかりです。
2011.05.04 13:26 | URL | #- [edit]
yokoblueplanet says..."「土着」"
こんばんは。
「土着」って言葉、その通りだと思うのです。
でも、人が集まらなかったからと云って、知らせるのを止めるわけにはいかないのです。そんな事したら、本当に終わりです。もしかして「土着」の輪から抜け出す人が1人でも出て来る可能性があるならば、この時期、それに賭けなければならないと思うのです。
地方自治体の長たちは、本の一握りの人たちを除いては大なり小なり同じです:人は自分の目の高さ以上のものを見て理解する事はできません、よほどの想像力が備わっていなければ。脱落者が出れば、自分の権力ベースが減るわけですし、原発がある町であればなにがしかの補助金が出る。目にも見えず、臭いもしない、今すぐ身体に異変が生じる事態でなければ、現状維持が一番快適。
お母さんたちには勇気を出して抜け出して欲しい、新しい場所へ行くのは怖いかもしれないけれど、子どもたちが分けの解らない病気になる事の方がもっと怖いと私は思う。
だからこれまでの結果には関係なく、呼びかけを続けなければならないのです。
2011.05.04 17:03 | URL | #- [edit]
mome says...">to yokoblueplanetさま"
そうなんですよね。

確かに、状況は厳しいかもしれない。
でも、わたしたちは、訴え続けていかないとダメなんですよね。
まだまだ、わたしも諦めない。

被災地のおかあさんたちも、頑張って欲しい。
愛する子どもたちのために。
それが出来るのは、親しかいないんだから。

ひどい社会だなぁって思う。
一握りの、おとなが、目先の利益しか見ていない。
そのせいで、たくさんの子どもたちが苦しむ。
わたし、「老害」って言葉、好きじゃないけど、投げつけてやりたい気持ちになりました。

2011.05.04 23:14 | URL | #- [edit]

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://seekmome.blog76.fc2.com/tb.php/204-6792162b