風と幻灯

家族のこと、猫のこと、日々の暮らし。
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「プー」の話し⑥

その夜、わたしたちは早速パソコンを使って、探し猫のポスターを作りました。
ネットで、猫の探し方も調べました。

ペット探偵という職業も見ましたが、当時、夫くんの経営していた会社が傾きかけていて、わたしたちの生活は苦しく、それは使うことができませんでした。
たしか、当時では1週間くらいで15,6万だったような気がします。

猫は、案外近い場所に隠れているとか、トイレの砂をまくといいとか、サイトにはいろいろと書かれていて、それらのことは、できることすべてを実践しました。

ポスターは、町内のあらゆる電柱に貼り付け、保健所にも電話をし、動物病院などにもポスターを貼らせてもらいました。

プーは、赤い首輪をしていて、その首輪には、名前と電話番号の書いたタグが取り付けられていました。
でも、登録のチップは入っていませんでした。
だから、毎日何度も保健所に電話をすることになりました。

子どもの友達にも、「プーがいなくなっちゃったの。見つけたら教えてね」と言ってまわりました。

2,3日たったある日、娘の友達のひとりが「プーをみつけたよ!」とうちに駆け込んで来てくれました。
場所は9丁目。
うちがある4丁目からは少し遠い場所でした。

すぐに出かけて、「プー!」「プー!」と呼び、歩き回ると、こげ茶色の猫が、遠くを横切りました。

「プー!!!」

叫んで近寄ると、そのこげ茶色の猫は、さっと植え込みの中に身を隠しました。

「プー!プー!おいで、ママだよ。出ておいで!!」
根気強く声をかけながら、そのこげ茶の猫の影を見ていました。

しばらくして姿を現した子は、こげ茶色の、プーにとてもよく似た、別の猫でした。

わたしは泣き崩れて、もうあの子は帰ってこない。帰ってこないんだ・・と、繰り返し思いました。



携帯電話は鳴ることは無く、数日間が過ぎました。
毎日、毎日、プーを探して歩き続けました。

もしも、もしもプーが帰ってきたとき、気づかないと困るからと、プーがいなくなった日から、わたしはリビングに布団を敷いて眠るようになりました。
いつも、プーはリビングの窓の外から、「ただいまー!あけてー!」と鳴くのです。

シャッターを閉めることもしませんでした。

それから何ヶ月か。

ポスターも色あせ、はがれてきた頃、わたしたちは、プーを探すことをやめました。


半年たっても、1年たっても、プーは帰ってきませんでした。


すごく、ひとに懐いていた子だったから、きっと誰かに連れていかれちゃったんだよ。とか
どこかの家に迷い込んで、でも、可愛い子だから、きっと大事にされて飼われているよ。とか
いろんなことを思ったり、言ったりしました。

でも、そのたびに、あの子は病気があるから、治療食じゃないとおしっこが出なくなっちゃうから、もしかしたら、それで苦しんで死んでしまっているかもしれない・・。
そう思って、何度も何度も泣きました。

野良で、生きていける子じゃないのにと。

ある日突然、いなくなってしまった大事な大事な小さなプー。
1年以上、ごはんのお皿を片付けることが出来ず、ずっとそれはキッチンのカウンターの前に置かれていました。

帰ってきたら、何をあげよう。
いつもの治療食なんかじゃない、プーが大好きなにぼしをあげよう。
チーズ入りのウエットフードもあげよう。
そんなことばかり考えていました。


何度も、プーが帰ってくる夢を見ました。

車で、公園の近くを走っていると、一匹の猫が目の前を横切るのです。
それはプーで、わたしは慌てて車を降りて、プー!!と呼んで、プーはそれに気づいて、立ち止まるのです。
よかった、よかったプー。元気だった!!
プーを抱きしめてしゃがみこむと、夫くんが、よかったなよかったな。というのです。

でも、目が覚めると、そこにはプーはいない。

「プーの夢をみたよ。」夫くんにそういうと、「オレも時々見るよ」と言いました。


今でも、4丁目の家の近くを通りかかると、プーを探してしまうのです。

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