風と幻灯

家族のこと、猫のこと、日々の暮らし。
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苦手だったBGM

わたしは「音」に「弱い」。
この場合の「弱い」は、「苦手」の意味の弱い。

音楽は嫌いじゃないけど、疎い。
小さいころに、エレクトーンを習っていたにも関わらず、音符ひとつ読めないし、音の良さとかもわかんないし、楽器を見ても、それが何なのかもわかんないし(はっきり分かるのはピアノくらいか?)歌わせれば音痴だし。

そもそも、BGMというのが本当にダメで、何かをしている最中に音楽を聴くとか、音楽を聴いているときに、何かをするとか、(同じか!)そういうことが、まったく理解できなかった。

音楽を聴いているときは、きちんと?音楽を聴いていないとダメで、それは本を読むのと同じようなもので、本を読みながら掃除をしたり出来ないのと一緒というか。

しかし、うちの夫は、音楽がとても好きで、付き合い始めた頃から、彼の部屋に行くと、何かしらの「音」があって、わたしは、とてもそれが苦痛だった。
しかも、大きな音で聴くんだよ。
無理。ムリムリムリ。

だけど、夫と付き合うようになって、少しずつ「音」のある暮らしに慣れていって、たとえばドライブに行くときに、車の中で聴くミュージックを楽しみにチョイスしたりも出来るようになって、本当に少しずつだけど、BGMに何かあっても大丈夫になってきた。

今では、掃除の最中に何か好きな音楽を聴いたり、パソコンをしながらでも、好きな音楽を聴いていられるようになった。
でも、ボリュームはまだそんなに大きくないんだと思う。
だって、時々、夫の部屋から聞こえる「音」が、まだ、少し煩わしいもの。

あれだな。絶対無音感。みたいなものが、きっとわたしには備わっている。と、思う。
特に生活音が苦手で、ひとのたてる物音は、殆ど騒音に聞こえる。
これがもし、わたしに、絶対音感みたいなものがあったのなら、世の中きっと楽しい音にあふれているんじゃないかな~と想像したりする。

そんなわたしでも、この世で一番大好きな音がある。

それは、猫の喉を鳴らす音。

「幸せの音、聞かせて」と言って、ポロやニケやぷーちゃんのお腹に耳を当てると、大抵、心地よく、ゴロゴロと音を鳴らしてくれる。

幸せに包まれる。



さて、今日はテンションが異常に低い。

今日は、娘の大事な試験の日だったので、そして、雪が降ると聞いていたので、朝、起こしてあげようと思い、目覚ましのアラームを6時と、6時20分と、7時にセットしておいた。

でも、目が覚めたのは8時半。
息子の通う通所施設からの電話の音で目が覚めた。

しかし、電話が鳴っているけれど起き上がることが出来ず、結局夫が電話に出て、今日の通所の確認をしていた模様。
とにかく、今朝は目が開かなかった。

夫が「やばいよ、もう、8時半だよ」と言い、その後、カーテンを開けて「うわ、すごいよ!雪!」と言って、「雪が見たい」と思ったけれど、目は開かないし、体も動かなかった。
それで、「起きれない・・・」と言うと、夫が、「いいよ、寝てな」と言ってくれたので、そのまま布団の中で、どうにかして体を動かすことができないか、もぞもぞとしていた。

夫は息子を起こして、海苔の佃煮が食べたいという息子に従って、ご飯に海苔をのせて食べさせているようだった。
今朝は、カジキマグロを焼こうと思っていて、用意してあったのだけど、朝ごはんすら作れなかった。

それから少しして、やっとのことで起き上がることが出来て、リビングに出て行き、猫たちに朝ごはんをあげた。
「だいじょうぶ?」と夫。
「うん。たぶん。なんとか」と答え、とりあえず朝のコーヒーを淹れ、息子の支度を手伝った。

窓の外はすごい雪で、雪は大好きなので、いつもなら、もっとテンションがあがって、息子を送り出したら、ちょっとカメラを持って散歩にでも行こう!と思うのだけど、どうにもそんな気分になれず、とにかく出来ることだけして、あとは煙草をふかしていた。

実は、月曜日から2泊の予定で、息子はショートステイに行っていたのだけど、昨日の夕方、ショートステイの看護士さんから電話があって、月曜日から頭痛を訴えていることと、殆ど食事をしないということ、それから水分も摂取していなく、本人も体がだるいといっていると。
そりゃ、食べたり飲んだりしなければ、体もだるくなるわな・・と、思ったけれど、本当に体調が悪いのかもしれないし、夕飯の様子を見て、食べなければまた電話くださいと言って、電話を切ってあった。

そしてやっぱりの予想通り、夕飯も食べなかったと電話があって、お迎えに行くことになり、荷物が多いので娘に手伝ってもらうつもりで一緒にショートステイまでお迎えに行ってきたのが昨夜。

顔を見ると、こちらも予想通りで、元気な顔をしている(母にはわかる)。

つまりあれ。
息子は本当に「おうち」が大好きで、ショートステイは好きじゃない。
どうしようもない理由、たとえばパパの出張だとか、そういったときは、我慢してお泊りしてくれるのだけど、実は月曜日も夫の出張予定だったのだけど、急遽取りやめになって、「出張無くなった」という台詞を、息子は出かける前に聞いていたのだ。
「あ、息子の前で言うなよ・・」と思ったのだけど、遅かった。

やっぱり息子はそれを聞いていて、なんとかぐずれば、家に帰れる。と踏んでいたわけだ。
そして、それはまんまと成功して、昨夜のお迎えになった。

「景ちゃんは、ひとの様子を見るのが得意だもんねぇ。そのへんのスキル高いよね」とは娘の台詞。
そうなんだよねぇ。
何をどうすれば、相手が心配してくれるかとか、そういうことが、もう本能で分かっている。

結局、夫も早く帰ってくることになったし、息子も帰ってくることになったしで、娘の分の夕飯しか用意していなかったので、お弁当を買って帰ることにした。

息子は帰宅後、お弁当をペロリとたいらげて、紅茶も、ごくごくと800cc飲んだ。
お迎えに行くまで、「昨日から殆ど食べなくて、今日はまだ、紅茶を300ccしか摂取していないんです」と看護士さんが心配そうに電話をくれていたのだけどね、わかっていたよ。こうなるってことは。

息子のいわゆる「ズル休み」に翻弄されて、昨日はなんだか疲れて眠りについた。

あ、そうか。

わたし、疲れてるんだ。と、今朝、やっとはっきり自覚した。

先日からの、イライラするんだよね。と、気持ちがブルーなのは、なんだそうか、単純にお疲れのせいだったのか。

朝、夫に「疲れた」というと、「どうして欲しい?」と聞くので、「家出したい」と言った。

って言うかさ。
わたしの望みなんて、本当にささやかなものだよ。

帰宅時間を気にしないで買い物したり、お茶に出かけたり、眠いなと思ったときに眠ったり、寒いなと思ったときにお風呂に浸かったり。
そんなもんなんだよ。
そして、そんなことすら、自由に出来ないんだよ。
そう思うと、哀しくなってきた。

夫が、「いいよ、土日、オレが全部やるから、家出してきていいよ」と言ったので、半分気が済んだ。
そういうもんだ。
言えば、そして、それを許してもらえれば、それだけで半分は気が済むものなんだ。
実際わたしは、土日に家出しないだろう。
だって、土曜日はお雛様だから。
毎年作る、海鮮ちらしをつくらなくては。
息子も娘も大好きで楽しみにしていてくれてるからね。

毎日なんて、こんなふうにして、続いていくもんなんだよ。

今日は久しぶりにヘルパーさんが来るから、これから掃除をしなくては。
そう思って、今、少しテンションを戻しているところ。

音楽を聴いている。
苦手だったBGMを。
今は、テンションを高めるために、少し必要なものになった。

わたしは音楽の趣味の幅がすごく狭いので、好きなミュージシャンはすごく少ない。
だけど、いちど「良い」と思うと、とてもとても好きになる。
2,3年に1度、出会いみたいなもんがある。

去年、出会ったのは、<MAN WITH A MISSION>
深夜のTVでPVを観て、音楽を聴いて、すぐに好きになった。
CDをレンタルしてきて聴いてみると、とってもかっこよくて、もっと好きになった。

今も、MAN WITH A MISSIONを聴いている。
ヘビーローテーション。もう朝からファーストアルバムを3順目。
そろそろ掃除が出来るかな?

かっこいいよー。
一度、聴いてみて!



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寂しい夜

いたらいたでうるさいけれど、いなきゃいないでさみしい。

いても、いなくても、毎日、毎時間、毎分想ってしまう。

息子の存在。


何年前だっけ、鬱と診断されたのは。
息子が16歳だったから、4年前か。

診断をされるまで、数年、状態の良くない日々が続いていたから、診断を受ける数年前から鬱だったんだろう。

もともと、家事は得意じゃないし、手抜きだらけだったけど、息子が中学にはいって少ししたくらいから、本格的に家事ができなくなった。

家中ごみにあふれて、モノは散乱して、キッチンは汚れた皿が何枚も重ねられて、料理をつくる状況になかった。

お弁当と買ってきた惣菜で食事を済ます日々。

ちょうどその頃、息子は徐々に体重が増えて行って、わたしではとても満足なケアが出来なくなってきていて、帰りの遅い夫も、もちろん、息子の世話など出来るはずも無く、ヘルパーさんなどのサービスも受けていなかったから、息子は毎晩、深夜の2時、3時に眠る日々で、朝、起きれるはずも無く、学校もやすみがちだった。

息子の頭は、何日もお風呂に入れずに、ベトベトになって、フケが浮いていた。
オムツの状態も最悪で、いつもオムツかぶれで、お尻は真っ赤だった。

そんな息子を見るたびに、何もできない自分を責めて、責めて、責めて。
それでも、誰かに頼ることもせず、何の解決策を模索することもせず、ただ、負の悪循環の中にいた。

あるとき、部屋にいると、息子がわたしを呼んだ。
「ママー」と声が聞こえた途端、わたしは、両耳を押さえて、うずくまって、「呼ばないで!わたしを呼ばないで!声を聞かせないで!」と頭の中で叫んだ。
涙が、ボロボロと零れ落ちていた。

明らかに、わたしは、おかしい。と、思った瞬間だった。

それから、夫に相談したり、いくつかの病院を回って、受診したりカウンセリングを受けたりした。

たいてい、「鬱」もしくは「鬱状態」だと言われ、薬を処方された。
でも、一向に良くなる気配は無く、もらった睡眠薬は効きすぎて、服用すると、翌日も起き上がることが出来ず、何も出来ない日々が続いた。

あるとき、夫と一緒に、評判が良いと聞いた病院を訪れ、神経科を受診した。

今まで通っていたどの病院のドクターよりも、わたしの話をじっくりと聞いてくれたその先生は、息子の介護が、わたしのストレスで大きな位置を占めていると言った。

わたしは、その答えに納得がいかなかった。

いや、納得が行かなかった。ではなく、否定したかった。

わたしは、息子を可愛いと思っており、愛しており、大変なことなど、何もないのです。と。
世話が出来なく、ふがいなく思っていますが、罪悪感を常に抱えていますが、それでも、それでも。と。

そうすると、ドクターは、うんうんとわたしの話をうなづきながら聞いて、そして、静かに言った。
「16年ですよ」と。

16年、毎日、介護を続けてきたんですよ。と。

わたしは、その言葉に、はっとなった。

「育児」だと思っていたそれらは、すでに、育児では無かった。
そして、16年経っていたのだ。

16年。

いつのまに、そんなに月日が経っていたのだろうと。


その診察の後、数年が過ぎて、今、わたしは、「もう、自分は鬱ではない」とはっきりと自覚できる状態にある。

その時期を乗り越えるために、たくさんの時間がいったし、たくさんの、ひとの手があった。
家族、特に夫の支えは、本当に有難かった。

毎晩のように、わたしと夫は、深夜にカフェに出かけた。
わたしは、夫と話をすることが、この世で一番楽しいことなので、たくさん、夫と話をしたかった。

なるべく、家から離れていたかった。

それで、深夜、帰宅後の夫にねだって、カフェに連れ出してもらい、朝までカフェで過ごすこともしばしばあった。
息子も、まだ、そのときは、呼吸器などの必要もなかったので、娘に留守を頼んで出かけることが出来たから。
娘にも、息子にも、感謝しなくてはいけない。

夫は、ふたりきりの旅行も計画してくれて、ふたりで沖縄にも行ってきた。
息子はショートステイと寄宿舎に預け、娘はひとりでお留守番。
そんなこと出来ないと、最初、とても乗り気ではなかったのだけど、無理にでも行くべきだと夫が言って、周りのひとたちも、それは良いことだと後押しをしてくれて、結局いくことになった。

家事も、「育児」も、「介護」もない数日は、結果、わたしをとても休めてくれた。
夫とふたりなのが嬉しくて、毎日、とても楽しかった。

ホテルのベランダに、干した水着が風に吹かれて、それをベッドに横になりながら見ていたら、なぜか、新婚の頃の小さな家を思い出した。

景史はまだ数ヶ月で、家中ミルクの臭いがして、季節は初夏で。
まだ、病気のことも知らず、わたしたちは、とても幸せで。

この幸せが、どうか、永遠に続きますようにと。
祈らずにいられなかった。

あの日を。



そうやって家族や、心配してくれる友達、心を寄せてくれるひとたち、手を貸してくれるひとたちに支えられて、ようやく、乗り越えることが出来た。

パンを焼いたり、料理を考えたり、家を片付けたり、友達やヘルパーさんたちとおしゃべりをしてすごす、当たり前のような日がやってきて、この1年、見違えるように変わったと思う。

それなのに、ここへ来て、何かがまた、わたしの中で、苦しいと言い出しているようだ。

この数週間、息子に対して、イライラすることが増えた。
明らかに、増えた。

息子はよく、突然大きな声をだしたり、ひきずるような鳴き声のような奇声を発するのだけど、それが、どうにも我慢できなくなっている自分がいる。

もともと、大きな声は好きじゃないし、不快に近い「音」なのだけど、いわゆる、「瞬間湯沸かし器」のように、イライラのゲージが、ピン!とフルになる。
爆発、しそうになる。

息子を、たたくことを想像する。

いけない。と、思って、ぎゅっと耐える。

でも、時々、耐え切れず、「いい加減にしなさい!」と息子のお尻や肩をパシンとたたく。

そうして、結局、後悔して、部屋でひとり泣いたり、猫を抱きしめて、「どうか、この暗闇から救い出して」と声に出して、願う。

先日の晩、息子の呼吸器のエラー音がして、「ちょっと、見てきてよ」と夫に言われた。

息子は、パパがいるとき、パパに構って欲しくて、何度も何度も呼んだり、ぐずったりするのだけど、呼吸器のマスクも、口をもごもごを動かして、わざとずらして、エラーを起こさせることがあるのだ。
それがあんまり頻繁なので、夫も少し困っていて、わたしが行けば、怒られるから、息子が静かになるから、わたしに「見てきてよ」と頼むのだ。

わたしは、本当は、そのとき、いやだったけど、怒るのがイヤだったけど、これが何度も続くのもいやで、寝室に向かい、「ちゃんとしなさい」と言いながら、息子の呼吸器のマスクを直していた。

でも、そのとき、息子の頭の位置がどうもよくなくて、うまく呼吸器が装着できず、何度もやり直すはめになった。

わたしは次第にイライラして、息子の呼吸器のマスクをとても乱暴に装着し、やり直し、を繰り返した。
頭の位置を直しているときに、息子の喉に手が当たってしまい、ちょうど、喉仏のあたりだったようで、息子が、「げっ」と苦しそうな声をだした。

その声に、びっくりして、すごく慌てて、わるいのはわたしなのに、息子はちっとも悪くないのに、「やめてよ!」といって、息子のおでこをピシャリとたたいた。

それからバタバタと呼吸器を装着し終わって、リビングに戻り、自分のしたことが恐ろしくて、両手で顔を覆ってソファに座っていた夫に、「聞いて・・・」と言って、ここ最近、とても自分がイライラしていることなどを告げた。

息子に、とってもイライラして、他のことは何もそんな風にならないのに、息子にだけイライラするんだと言って、このままでは、虐待してしまうかもしれないと泣いて、今、わたしが、虐待をしないのは、世間体があるからだけな気がする。とも言った。

それから夫と、わたしの感情のあり方の問題だとか、人間の本質の問題だとかを、たくさん話した。

夫は言った「20年だよ」と。

あの時聞いた16年は、それからさらに時が経っていて、もう、20年なんだ。

どれだけあなたが意識していなくとも、あなたはこの20年、自由を奪われてきて、拘束され続けてきた。
それは事実だ。
そして、そのストレスは絶対にあるんだと言った。

言葉にすれば、確かにその通りなのだと思うけど、それでも、わたしの感情が、それを、どうしても否定したがっている。
だってわたしは、やっぱり、息子が大好きで、家族がとても好きで、毎日、幸せだと思っているのに。

愛しているからこその、ストレスもあるんだよ。と、夫はまた言った。

それでも、やっぱり、わたしは、否定したい。

わたしの暗闇は、わたしが持って生まれたもので、それは他の誰のせいでもなくて、わたしが、単純に異常な心を持っているだけなのだと。

そしてわたしは、それをどのように飼いならすべきなのか、どのように対処するべきなのかが分からない。

カウンセリングに行ったほうがいいんだろうか?と聞くと、夫は、それが必要ならそうしてもいいと思うけど。と、言いながら、でもこうやって話してくれるから、大丈夫だと思うよ。とも言った。

その後、わたしはポロをそっと抱きかかえて、まだ眠ってはいない息子の所に行って、ポロと一緒に息子の頭にキスをして、「おやすみ」と言うと、息子は、「さっき、ごめんね」と言った。
息子は、何も悪くないのに。

「ママもごめんね」と言うと、息子が、少し笑って、「あたま、たたいたから?」と言ったので、「その一言が余計なのよ!」と笑いながら言うと、息子も、また、笑った。

ポロを抱きかかえたままリビングに戻り、「この暗闇から、どうかわたしを連れ出してくださいって、いつもポロにお願いするの」と夫に言った。

「ポロは、わたしの、清らかさの象徴なんだと思う」と言うと、夫が「なにそれ?」と聞くので
「ポロといると優しくなれる。もしかしたら、いいひとなんじゃないかって思えるから」と答えると
「でも、本質じゃないだろ?(笑」と笑うので
「わかんないじゃん!これが本質かもしれないじゃん!」と反論すると
「ねぇよ!」と笑った。

ねぇのか。

まぁ・・「ねぇ」けどね。



日々思う。
どうしたら、もっと優しくなれるんだろうと。

もっと、強くなれるんだろうと。


今日は息子が、ショートステイにお泊りで、いない。

とてもとても寂しくて、こんなに恋しいのに。

猿の惑星 ジェネシス

昨夜、夫くんと息子と3人で<猿の惑星 ジェネシス>を観ました。

なんていうか・・・。

はじめっから最後まで、なんだか、かわいそうな映画でしたよ・・。

わたしは、映画を観ている間ずーっと、微妙な顔をしていたと思います。

まぁ、そもそも、「実験動物」である猿(チンパンジー)のお話しですしね。
しかも、その「猿」の知能がすごく高くなってしまう。
そのせつなさっていったらもう・・。
<アルジャーノンに花束を>を読んだ時のような感覚。

とりあえず。思ったことは・・。


人間なんて、滅んでしまえばいいのに!

ってことですかね。

そういえばわたし、以前、<もののけ姫>を観たときも、同じ感想抱いたな。


人間は傲慢すぎますよ。


そうそう、この映画、クレジットが出始めても、そこでやめないでくださいね。
大事なシーンが1カット残ってますから。

これが、昔の名作<猿の惑星>に繋がるんですね。

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